チェリー・ドロップ
雪がチラチラと舞うように降り落ちる校庭。
設置されている小さな遊具にも、うっすらと雪がつもり
楽しそうな喧騒が校舎内からは聞こえる。
僕は友達と一緒にホウキで廊下を掃除していた。
小学一年生で遊びたい盛りの僕らには、
掃除なんか面倒で仕方がなかった…。
「ねぇ…鬼ごっこしない?」
友達の千秋が持ちかけた提案に僕も七瀬も
待ってましたとばかりに頷いてホウキを窓際に立てかける。
そうして、僕たちは鬼ごっこを始めた。
最初の鬼は千秋…。
鬼にならなかった僕たちは、全力で廊下を駆け出した。
だけど、三人の中で一番足の遅い僕は、
すぐに捕まって鬼になってしまう…。
「また
ちゃんが鬼ぃー。
」
何度繰り返しても鬼になる自分が悔しい…
頑張って友達を追いかけるけれど、
体力がないからか僕は早くも息を乱してしまう…。
廊下の先に行ってしまった彼女たちを追いかける気力までなくしてしまい
僕はどうしたものかと頭を抱えて途方にくれてしまった。
「…たっち!!」
軽くポンっと背に手を当てて僕は言う。
言い終わらぬうちに僕は全力で走る…。
(どうせ…追ってなんか来ないよね。)
だって、僕がタッチしたのは…千秋でも七瀬でもない。
そう…どうしても追いつけなかった僕は近くで掃除をしていた上級生にタッチしてしまったから。
それは、軽い冗談。だけど怒られると思った僕は急いで逃げた。
すると、規則的にリズムを刻んだ音が背後から聞こえてくる。
恐る恐る振り向いた僕の目の前に、先ほどの上級生が悪戯っぽい笑みを一瞬浮かべて迫ってきていた。
「き、きゃぁぁぁぁぁあっ!!!!」
「待ちやがれぇぇえっ!!このチビ助ぇぇぇぇえッ!!!!」
ぼ、僕は必死だった。捕まったら絶対に怒られる予感しかしていなかったから。
だから逃げた。逃げて逃げて…いつの間にか校庭にまで飛び出してしまっていた。
「
ちゃん?!」
僕らを見つけて何事かと千秋と七瀬も校舎の窓から目を丸めてみていた。
「おらぁ!タッチ…!!この俺様に鬼やらせるなんざ10年早ェ!!」
校庭の隅で逃げ場を失った僕は、とうとう上級生に捕まってしまう。
怒られてしまうと涙目で彼を見上げると先ほどと同じ笑みを浮かべていた。
「次は…チビ助が鬼だぜ。俺様は簡単にゃ捕まらねぇからな!!」
「え…?」
目の前で起こっていることが、よく理解できなくて呆然としている僕を尻目に
彼はどんどんと僕との距離を開けていく…。
「おらぁ、どうしたぁ?!」
あまりにも追ってこない僕に痺れを切らしたのか遠くから上級生が怒鳴る。
そんな彼を見て僕はやっと、目の前で怒った事を理解する。
僕は…嬉しかった。
怒られなかった事よりも上級生が僕と遊んでくれたことが…。
「ま、待ってぇ!!お兄ちゃん!!」
だから僕は走り出す、少しでも彼に追いつくために。
そうして…僕とお兄ちゃんとの鬼ごっこが始まった。
その日から、僕たちは休み時間に毎日鬼ごっこをするようになった。
「おい!慎吾っ、あのチビちゃん…また来てるぞ。」
「なんだぁ?チビ助?今日もお前の鬼で終わらせてやるからな。」
昼休み時間になる度に、僕か彼が交代にクラスまで迎えに行った。
一年生の僕には、六年生の教室まで行くのは少し怖かったけれど
彼のクラスメイトが僕を見つけて、彼を呼んでくれるのも…僕には特別なような気がして。
一人っ子の僕に初めてお兄ちゃんが出来て…。
僕は…とても幸せだったんだ。そんな幸せが…ずっとずっと続くと、そのときの僕は疑いもしなかったんだ。
月日が流れて…気がついたら3月になっていた。
よくわからないけれど…全校生徒が体育館に集まる。
僕たち一年生も例外じゃなくて、背の順に並んで体育館に向う。
寒い館内と物静かな雰囲気に落ち着かない。
(なにが始まるんだろう…?)
しばらくして、六年生が入場してくる。
クラスごとに二列に並んで…笑ってる人、泣いてる人。
胸には赤い花飾り…たくさんの拍手で迎え入れられる中で
僕は、彼を見つける。
(あ!お兄ちゃんだ!!)
お兄ちゃんは少し緊張したような顔をしていたけれど
僕の視線に気づいたのか、少し笑って小さく手を振った。
気づいてくれたのが嬉しくて、僕は式の意味もわからぬまま
気持ちが浮き足立ったままで【卒業式】が終わったのだった。
「それにしても…残念だよねー。」
式が終わって教室で千秋が少し寂しそうに口を開く。
「
ちゃんが、一番寂しいんじゃない?
だって、お兄ちゃんといっぱい遊んでたんだから
」
千秋と七瀬の言葉に首を傾げる。
「ねぇ?どうして、そんなこと言うの?」
不思議そうに問いかける僕に驚いたように二人は目を丸めて
先ほどの式のことを教えてくれた。
(え…?もう、お兄ちゃんには…会えないの?)
やっと式の意味を理解した僕は、もう彼に会えない寂しさと…もう一つの感情に心が引き裂かれそうだった。
「おらぁ!チビ助!!今日こそ勝負をつけるぜぇぇ?!」
彼が僕を迎えに来る。最後の鬼ごっこ…。
お兄ちゃんの顔を見ると…僕は泣きそうになって必死になって涙をこらえる。
耐え切れない胸の痛みに僕は足を止めて、遠くに走っていくお兄ちゃんの背を見つめていた。
(もう…お兄ちゃんと遊べない…のかな)
「どうしたチビ助?」
追いかけることを止めてしまった僕を不思議そうに見つめる。
「どうした?どっか痛ぇのか…?」
お兄ちゃんが、僕の頭を撫でながら心配そうに問いかける。
優しく大丈夫かと聞かれると堪えてた涙が溢れ出る。
「う、うわぁぁぁんッ…」
「ち、チビ助っ?!」
いきなり泣き出す僕に驚いて、彼はあたふたしだす。
僕は、お兄ちゃんと別れるのが寂しくて…ただ、ただ溢れてくる涙を止めることが出来なかった。
「仕方ねぇーなぁー…!」
突然、僕の視界が揺らぐ…僕の頬に温かいものが触れた。
それは…お兄ちゃんの温かな背中だった。
「ほらっ!泣くんじゃねぇー…!」
まるで赤ちゃんでもあやすように身体を揺らすお兄ちゃん。
その仕草と言葉に、いつしか僕の涙も止まっていた…。
…僕が最後に覚えたのは、お兄ちゃんの背中だった。
僕の…たった一人のお兄ちゃん。
それが僕の初恋だった。
夕日が沈む中、ひらひらと雪が舞い落ちる。
どこからともなく聞こえてくる音楽。
クリスマスという行事は、普段は静かな街並みを
温かでロマンチックに色付ける。
寒空の下で、待ち人を待つ僕は気がつけば18才。
クリスマスは、一緒にご飯でも食べようかという誘いに乗って
いまは彼を待っている。
車で現地集合でも良かったけれど…。
今日だけは特別だから自慢の愛車はお留守番。
特徴のある音に耳を澄ませ、彼の到着を知る。
赤い車体が停車するのを確認すれば、僕はするりと車に乗り込む。
「待ったか、
?」
「ううん、そんなことないよ」
免許を取って、友人に誘われて行った妙義で
僕は、彼を見つけた…そうお兄ちゃんを。
お兄ちゃんは、僕のことはあまり覚えていなかったようだけれど。
僕がお兄ちゃんを間違えるわけがない。
お兄ちゃんが僕のことを忘れていた…それが悔しくて、僕は妙義の走り屋になった。
僕たちの鬼ごっこは車での鬼ごっこに変わった。
叶わないはずだった僕の初恋。
再び巡ってきたチャンスを、もう逃すのはイヤだ。
だから…今日、クリスマスという日に僕はお兄ちゃんに想いを伝える。
聖夜に奇跡が起こるように願う人たちは
いったい何人の人たちがいるだろう。
ある人は「希望」。恋人たちは「永遠」。
「幸福」・「未来」・「絆」…。
たくさんの人の祈りに…かき消されてしまわぬよう。
僕の想いが、キミに伝わりますように…。
【あとがき】
中途半端な終わり方になってしまって申し訳ないです。
このお話は後半の結末以外は私の実体験です。
主人公のように再会は果たしていませんが…だからこそ、告白の結果は
あやふやにしてみました。
慎吾sideで続きを書くのも面白いかも…なんて甘い事を考えていますが
それは、また次回…っということで。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
これからも精進致します。
RAY 2011.11.06