……神様。

私たちが、何をしたというんですか…?

どうして、私たちなんですか…?

…お願い、せめて…あと少し、幸せな夢を見せて…。




てのひらの涙…



閉じた瞳の向こうで、愛する夫に抱き締められ微笑む…。
そんな光景が浮かんだ…。
あれは…夢なんかじゃなかった。

…、ありがとう。
誰よりも愛してる…。」

怖すぎるくらい幸せな日々、彼は私に言ったもの…。

大好きな京一と始まった2人だけの生活…。
2人で揃えたマグカップに、私が大好きな暖かいハチミツ入りのミルクを入れて…
いつしか、増えていた小さなお皿やフォーク、ベッドにオモチャを
2人で眺めて、私の腹部に手を添えて…ツライ陣痛すら微笑みあった。

いつしか抱く我が子を夢見て…。



静かな病室に、小さくアナウンスの声が響く…。
休日の午後の病院は、どうやら忙しいらしい。

目の前で目を閉じる愛しい者の姿を見つめ、
一人の男が溜息をついた…。

…。 」

眠り姫の名を口にすると、それは静けさにかき消されていく。

頬を伝う涙に、自分はこんな男だったのか。と
小さく嘲笑が漏れる…。
皇帝と呼ばれ峠に君臨していた男の面影は、この病室にはなかった。


「京一…、 は? 」

名前を呼ばれ、男が振り返ると入り口に幼馴染の医者が立っていた。

その男、高橋涼介を見ると軽く溜息をついて男は首を横に振った。

「そうか…。」と涼介が男の隣に来るとベッドで眠る患者に目を移す。


が、この病院に運ばれて何日が経っただろう…。
主治医である涼介が、そろそろ目が覚める時期が来る、と言って
約一週間が過ぎようとしていた…。

「なんの夢、見てんだろうな…」

京一が呟いた言葉に、涼介は苦笑を漏らし病室から去っていった。

再び病室に静けさが戻る…。

時間の感覚がないのか、いつのまにか差し込んだ夕日が
の顔を照らしていた…。


「ねぇ…なんで、その女の人眠ってるの?」

ふいに、誰もいない部屋で言葉が聞こえた…。

京一が声の主の方に顔を向けると、三歳くらいの小さな男の子が
その小さな手に抱えるのがやっとのウサギのヌイグルミを抱いて立っていた。

「さぁ、なんでだろうな…?」

苦笑を浮かべて、その子を見つめると男の子は微笑んだ。

「ふーん。でも、おじちゃんがいるなら、その人さみしくないね!」

キョトンとして京一が、その子を凝視すると無邪気な笑顔を浮かべ
男の子は、ウサギを抱えなおした…。

「お前…名前、なんていうんだ?」

「ぼくは、"しゅう"だよ…。」

”しゅう”と名乗る男の子の頭に手をのせ、京一も微笑む。

「しゅう、か。そのヌイグルミは、ママから貰ったのか?」

うん!っと元気良く返事をする子どもに、京一は再び涙が浮かんでくるのを堪えた。

「パパとママが、僕のために選んでくれたんだよ!」

良かったな、っと小さく返せば溢れてくる涙を止められなくなっていた。

「おじ、ちゃん…?どっかいたいの…?」

不思議そうに京一の頭に触れるしゅうに、京一は首を横に振ることしか出来なかった。



空が暗くなり、夕日が沈みきるころ…黙っていたしゅうが口を開いた。

「おじちゃん、そろそろぼく…いくね?」

京一が、しゅうを見るとしゅうは出会ったときと変わらない笑顔で
窓辺に立っていた…。

「しゅう…?」
「えへへ…っ。ぼく、さみしかったんだ…。
だって…ずっと、ひとりなんだもん…。
だから、いっかいだけで良いからママとパパに会いたかったんだ…。」

横たわったままの と京一を見つめ、しゅうは微笑んだ…
その消えていく姿を京一は黙って見守っていた。

「ごめんね、パパ…。ママ、ちゃんと帰すね?」

「あぁ…。しゅうには悪いが、 だけは渡せないからな…。」

胴体の半分までが消え、光りへと変わっていく子ども…。
のことが好きなのは、俺似だな。なんて苦笑を漏らすと、
消えきろうとするしゅんに京一は微笑む。

「ママは、やれないが…いつか、また俺たちのもとに来い。
いつまででも、俺たちは待ってるから…。
それまで寂しかったら、何度でも遊びに来てもいいからな。」

その言葉に、キョトンと目を丸めると、うん!っと微笑んで、しゅんは消えていった。

パパもママも、大好きだよ!っと元気に言って…。

「目は… 似、か。」

そう小さく呟いて、星が覆う空を京一は見つめた…。
そして、しばらくたたないうちに は目覚めた…。
もう、其処には無い命に痛々しいほどの涙を流す を京一は、ギュッと抱き締め支えていた。



そして数日後、 とともに2人の家に帰ると、
あるモノがなくなっていた。
それは生まれてくる赤ちゃんの為に買った、一番大きなウサギのヌイグルミ…。



なぁ、しゅん…。

俺たちは、いつまででも待ってるからな。

寂しくないように、たくさん遊んでやるよ。

だから、しゅん…また会おうな。



そして、あれから5年…。


「須藤さん、お届けものでーす。」

「あ、はぁーいっ!!」

玄関先で聞こえる宅配員の声に返事を返す

「ごめーん。パパ、ちょっと受け取ってきてもらえる?」

手が離せない妻に代わって俺が玄関へと赴く。


俺たちが授かった新しい命は…
いま、 に抱かれて眠っている。
小さなウサギのヌイグルミをギュッと握って…。




栃木県○○市○○町○○XX-XX

須藤 京一
   
    駿