Night Kids【プロローグ】
初めて出会った、あのとき…。
私は、思ったの…。
――この子が、私の相棒だって…。
―――何者にも変わることの出来ない、私のパートナーだって…。
力強い黒色の、まさに“漆黒”って言葉がピッタリの、この子を見て
私は感じたの…この子となら速くなれる。
私は、この子と速くなるって。
初めて触れたとき、ヒンヤリと冷たいボディーに
―私の鼓動は波を打った。
次の主を待ち侘びて、静かに目覚めを待っている。
そんな…この子の鼓動を感じてみたい…。
そう思うと触れた指先から、
まだ感じたことのない目の前の子の熱が伝わってくるかのように
私の身体は、一気に熱を上げた。
真っ黒な車体に、ずっと触れていたい…。そう思った。
私には、似合わない…無茶だ。と言われ
何度も何度も周囲から止められたけれど…。
あの子に夢中になった私には、そんなの関係なくて…。
知ってしまった、あの子のことを考えるたびに
憧れや希望…っというよりも、愛おしさが頭の中に甦る。
―出会ったときから…完全に私は、あの子の虜になってしまったから。
身内の…特に兄たちの反対を押し切るのは苦しかったけれど。
それでも、私は心から手に入れたいと思ってしまった…。
…だから。こっそりと父に頼み込んで。
中学から溜め込んでいた、お小遣いを出して…。
それでも足りなかった不足分は、バイト代で補って。
兄たちにバレないように…。
私は…この子を手に入れたの。
自分の部屋にある、鏡の前…。
目の前に映る俺の姿に、自分でも少し驚いた。
先ほどまでの部屋の主の面影が微塵もない姿…。
普段のサイズより幾分大きいサイズの、黒い半そでのシャツに
結構、気に入っている古びたビンテージのジーパン…。
念には念を入れて、さらしを巻いた胸。
顔は、兄弟譲りなのか、そういう血筋なのか…中世的。
肩まで近く髪を伸ばしていても、男にも女にも見え
こんなときは、便利な顔立ちだと俺は、つくづく思った。
これならば、暗い夜の街では…間近に近づかない限り
余程、親しい知人以外は、自分だと気づかないだろう。
俺は、自分の新しい姿を再度眺め充分にチェックを済ますと
真っ赤な携帯と財布だけをポケットに捻じ込み
部屋の真ん中に位置するガラス張りのローテーブルの上に置いてある
相棒の鍵を手に取り、家族に気づかれないように家を出た…。
―時刻は、既に23時を回っており…。
別に慎重に注意を払わなくても、兄たちは外出中。
親たちも仕事が忙しく、何時になれば帰ってくるのかすら貞かではない。
そんなことを思いながら、思いながら俺は目的の場所に歩調を速める。
―早く会いたい…、そんな風に思ってしまう俺は、きっと中毒だろう。
今は俺の手の中にある愛車の鍵…。
これを手に入れるために、俺は必死だった。
これは、俺を快感と刺激溢れる世界に導く鍵だから…。
そして何よりも、愛しいものの鍵だから…。
飾り気のない黒地の皮で出来たキーホルダーをジッと見つめ
それに付けられているものの、重量に自然と笑みが漏れる。
そのキーを、何気なく天高く放り投げると空中を舞い
チャリッという微かな音と共に、それは俺の手の中に戻ってくる。
それを掌で確かめて、俺は家から遠くないところにある広い駐車場の中に入っていった。
駐車場に佇む何台かの車…。
その中で一際、際立つように眠っている相棒に触れると
やっぱり、初めて触れたときのように身体は熱くなった。
手元の鍵で、素早く運転席に潜り込みエンジンを回す…。
目覚めたばかりの鼓動に、眩暈がするような感情が溢れ出る。
そんな自分に心底、苦笑を漏らすと数分その音を堪能した。
「行くか、32。」
幾分か満足し呟くと、俺はジンワリとアクセルを踏み込んだ。
クスリと微笑んだ声は、一般のものより数倍大きい鼓動の中で静かに消えていく。
それは、まるで――駐車場を出て行き、それが闇に溶け込んでいくかの様に。